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平成の終わりに出逢った ロドデンドロン ‘プレジデントルーズベルト’

平成という時代も残り2日となりました。平成の最後に、現時点で最新の乙庭好みプランツのご紹介したいと思います。たぶん令和の最初の方も、乙庭の植栽観はこの感じで進んでいくでしょう(暫定)^^

で、今回ご紹介するのは、乙庭でも平成最後の4月に導入してとても気に入ってるロドデンドロン(シャクナゲ)‘プレジデントルーズベルト’ Rhododendron ‘President Roosevelt’ です。後半は、シャクナゲを糸口に、時代による植物の流行り廃りについてもちょっと論考を加えてみました。後半は気が向いたらお読みくださいませ。^^;

ロドデンドロン(シャクナゲ)‘プレジデントルーズベルト’ 、たまたま買い物に行ったホームセンターの園芸コーナーでツボミ付きの個体を見つけ、久々に「ビビッと」啓示にも似たインスピレーションを受けた、私的には激アツ素材です ^^

(写真:20190411撮影)

蕾の感じも斑入り葉の感じもなかなかいいでしょう!なんかひょうきんでもあり^^

ここ数年、ツツジ科の植物を再考したいなと思っていて、シャクナゲも射程に入っていたのですが、古くからの有名品種でもある ‘プレジデントルーズベルト’ は、「ベタすぎるかな」と、実のところノーチェックでした。

ものすごくいいタイミングで偶然にも実物に出逢い、逆にベタすぎるシャクナゲ感にヤラれました。不思議な縁を感じますね。

(写真:20190426撮影)

プレジデントルーズベルトはハデめな黄中斑入り品種(花も相当ハデ ^^;)で、リーフプランツとして通年鑑賞価値が高いです。

照り質感の常緑斑入り葉が枝先に輪生する姿も、近年、代官山あたりの植栽で観葉植物見立てでさりげなく使われているヒメユズリハの斑入り品種にちょい似で、使い方によっては2019年現在のお洒落観でも見ても「ちょっと先を行ってる」演出ができそうかなと感じました。

私的には、斑入りなど伝統園芸的な植物を観葉植物見立てで再評価する、2010年くらいから若手植栽家が試みてきたお洒落感と、結局のところ拭い去れない「シャクナゲっ!」な昭和感という、真逆イメージの混在するギャップが痛快で気に入っています。古臭すぎて逆に新鮮に見える、ジェネレーションまたぎのループ感というのでしょうか。

(写真:20190426撮影)

たしかに、上写真のように花だけアップで見ると、「いわゆる昭和的なアレですね」的な感じ満点です。とはいえ平成生まれの方には逆に未体験ゾーンで新鮮な領域かもしれませんね。^^;

今回、偶然出逢ったプレジデントルーズベルトも、ホームセンターでは、当然のことながらお洒落プランツ枠で売っているわけではなく、むしろ超・保守層(マーケティングでいうところの「ラガード」)向けのコーナーの片隅に置いてありました。実は、こういう素材こそ、見立てを変えた時の伸び代が大きく、V字回復が狙えて「美味しい」んですよね。^^;

私個人的には、シャクナゲは、開花直前のツボミのときが、輪生葉もよく見えますし、まとまったツボミの様子がテロペアとかプロテアのようなオーナメンタルさを感じさせ、一番カッコいいように思います。

(写真:2018427撮影)

上写真はご参考までにテロペアの花 。プレジデントルーズベルトは、開花時のド派手な覆輪咲きの雰囲気も、クールさとは真逆というか、ダサさを突き抜けた先にあるエグ豪華さがあり、これはこれで皮肉が効いててたいへん乙庭好みです!

(写真:2019413撮影)

私的には、プレジデントルーズベルトは、今後 チューリップ ‘ロココ’ やマンガべにも匹敵する、自分の「らしさ」を示すシグナチャーアイテムになりそうな予感がします。

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昨日の植栽仕事🤗✨ 植栽デザインさせていただいた案件のメンテナンス。#マンガべマッチョモカ も葉傷み少なく、色濃く越冬しました😊✨ ・ #アガベオバティフォリア や#カレックスオシメンシスエバリロ との組み合わせ、お気に入りです😊✨ ・ #mangave #mangavemachomocha #agaveovatifolia #agaveparryitruncata #acidnature0220 #acidnature乙庭 #乙庭#庭#花の写真の好きな人と繋がりたいたい#庭好き#庭のある暮らし#植物のある暮らし#ガーデニング#マイガーデン#garden#gardening#floweroftheday#flower_daily#gardenlove#instagarden#gardenlifestyle #植栽 #植栽デザイン #landscapearchitecture #gardendesign

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(写真:2019320撮影)

上写真手前は、私が自分の植栽に署名的に使うアイテムのひとつ、マンガべ  ‘マッチョモカ’ Mangave ‘Macho Mocha’。その奥にあるアガベ オバティフォリア Agave ovatifoia もかつてはシグナチャーにしていたのですが、アガベが流行り過ぎている2019現在の状況としては、大っぴらには言わないようにしています(いったん寝かし中) ^^;

以上、ここまでが、平成を締めくくる、私的に気分上昇中の品種紹介でした。^^

 

以下、シャクナゲを糸口に、私なりに昭和〜平成の時代を振り返って考察してみたいと思います。写真もなく長文ですが、ご興味ありましたら読み進めてみてください。 ^^

ロドデンドロン(シャクナゲ)というと、私の記憶を遡るならば、自分が小学生だった頃(1970年代後半〜80年代前半。バブル前の昭和ですね ^^;)、父が定期購読していた種苗業者のカタログに、青バックで撮ったど派手ゴージャス品種の花写真が1ページにズラーっと載っていたのを思い出します。ハナショウブやボタンあたりもそんな感じで、私にとっては昭和期の園芸トレンドを象徴するような花の代表格というイメージです。

それは「ダサい」とか「フルい」といった悪い意味でも懐かしみでもなくて、時代と植物のトレンドをセットして「歴史観」として記憶している感じでしょうか。

時代のタイムラインの中でいろんなモノゴトが流行り廃りするのは世の習いで、一方で、流行り廃りするそれらのトレンドが、ある程度の周期で少しずつ形を変えてリバイバルを繰り返す事実も私たちはしばしば体験していますよね。分かりやすい例としては激辛ブームとか、太眉メイクといったところでしょうか(平成生まれの方には最初のブームがいつだったかも分からないかもですね ^^;)。

なので、一つの気分が真理のようにずっと続くことの方が稀で、園芸の分野でも、ファッションほどドラスティックにではないにしろ、どういう植物あるいはどういうガーデニングスタイルが流行るかなんて、常に流動的に推移していると考える方が妥当かなと思います。

実際 平成の時代も、日本の園芸文化トレンドを俯瞰するだけで、いろいろ大きく変わりましたよね。^^;

1990年代「ガーデニング」というカタカナ語の一般化 →

90年代後半オールドローズ&イングリッシュローズの隆盛→

2000年またぎイングリッシュガーデン(という和製文化 ^^;)ブーム→

2008年頃〜雑貨系ジャンクスタイルとナチュラルガーデン並存期→

2015年前後〜いわゆる珍奇植物の爆発的流行(屋外の庭からお洒落インテリア寄りへの移行)

たぶん、ナチュラルガーデン〜珍奇への以降の辺りが、ジャンルまるごと入れ替わったくらいの大きな潮目転換期だったように思いますね。

そして、2019年春現在でいうと、レアプランツ収集の流れの延長としてのアガベ人気と、庭への回帰として屋外でのアガベや南半球ネイティブプランツ植栽などが行き先を模索している過渡期といったところでしょうか。後者の乾燥地系プランツを使ったドライガーデン植栽の流れは、たぶんイングリッシュガーデニング期とインテリア期を経た先の統合的ジンテーゼとも取れるでしょう。

ということで、平成は「ガーデニング」の到来で始まり、いろんな紆余曲折を経て、違う形での「ガーデニング回帰」で、新しい時代「令和」へとバトンタッチしていくのかな、ととらえています。

そんなこんなで、何がカッコいいか、何が素敵かなんていうのは、結構短いスパンで移ろうものなんですよね。一時の流行にのめり込みすぎると、数年後にちょっと恥ずかしく感じたり、「あの時なんであんなに買い漁っていたんだろう」と思うことってよくありますよね。

一方、流行した対象は流行りが過ぎても、そのモノゴト自体は変わりはしませんし、「記憶」にも残ります。変わったのは「それを見てどう思うか」という、モノゴトに対する人の見方だけなのではないでしょうか。

園芸に限らず、いろんなことに当てはまることですが、「移ろう時代流行の中でのカッコよさ」をキープしていきたいな、と考えた場合、「付かず離れず」のバランス感覚って重要なのかなと感じています。

その時代の空気をいち早く読み取る察知力があるだけでは不十分で、自分の軸をぶらさずにほどよく適量に流行を取り入れて自分を変化・アップデートさせていき続けるられる能力。自分であり続ける強さと時代に添って自分を変えられるしなやかさ、一瞬 相反するように感じられるこの2つを使いこなす複合能力が、「時代を自分のものにしていくクールさ」につながるように思います。

私も昭和と平成を生きてきましたし、いろんなトレンドの波に乗ったり傍観してきたりして、過去の「記憶」の蓄積があります。ポイントとしては、過去は「もうないもの」であり、今あるのは「記憶」であるということです。そして、「記憶」は、客観的事実ではなく各個人それぞれ違う「解釈や判断、取捨選択」により保持されているものです。

「記憶」というのは未来を創造するために各人が参照できる素材のストレージだと思うんです。過去の流行をリバイバルさせるにしても、そのまま引っ張り出してくるだけでは、それは「過去」そのもの、「古いアルバムの中の思い出」であって思考や新しい視点が効いてないですよね。

一方、ちょっと先の気分・空気を読んで、人生体験や知識として得た固有の記憶からいろんなものを適宜発動させて、それらをリミックスしたり加工したりしてできる「古い流行要素も含んだ新しいもの」は、その人にしか生み出せないクリエイティブなものだと思うんですね。そのリミックスを時代の空気を先読みしてできるかどうか、あるいは独創性をもって打ち出せるかどうかが、クリエイターやイノベイターのセンスの鋭さということなのかなと思います。

最近ちょっとハマった山口周氏の著書「武器になる哲学 人生を生き抜くための哲学・思想のキーコンセプト50」に、なるほどと腑に落ちる一節がありました。

 

ヘーゲルの弁証法を解説した項で、サブタイトルは「進化とは過去の発展的回帰である」。このサブタイトルだけでもグッときたんですが、私があれこれ書くよりも、とても切れ味よくスパッと解説されてますので、最後に、そこからの一節を引用させていただきますね。特に後半が本質的だなと思います。

(以下、引用)

弁証法においてモノゴトが発展するとき、それは直線的に発展するのではなく、螺旋的に発展します。螺旋的に発展するということはつまり、「進化・発展」と「復古・復活」が同時に起きるということです。

(引用ここまで)

てな感じで、平成の終わりにホームセンターで出逢ったシャクナゲから昭和〜平成〜令和への園芸を私なりになんとなく総括してみました。

さて、令和という時代に園芸はどのような変化をしていくのでしょうか。少なくとも「変化は楽しい」と捉えた方がよりハッピーですね。 ^^

「 ノスタルジーや思い出は過去に属するものです。一方、記憶は未来に属する。(中略)ということは、僕らは記憶がなければ未来がつくれない。」

(田根剛 建築家 1979- )

 

 

 

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4 thoughts on “平成の終わりに出逢った ロドデンドロン ‘プレジデントルーズベルト’

  1. ご無沙汰いたしております。
    平成の最後の日に、一気に最後まで読ませていただきました。
    心に響き、頷きながらでした。
    「移ろう時代流行の中でのカッコよさ」をキープしていきたいな、と考えた場合、「付かず離れず」のバランス感覚って重要なのかなと感じています。」
    同感です、改めて心に留めておきます。

    まとまりがありませんが、山口周氏の著作は、私もちょっとハマった時がありました。
    「知的戦闘力を高める 独学の技法」を、Kindleで昨年読んで印象が強かったです。
    020さんの読まれたものも、読んでみたいと思います。

    1. SISSIさん、コメントありがとうございます!^^
      ひとつの時代の終わりに、自分の園芸観を再確認できる植物に出逢えたのも縁と思いますし、平成のうちに昭和〜平成の私なりのざっくり総括を残せてよかったです♪
      昭和に生まれ平成をの間、ファッションとか音楽とか園芸とか建築など、いろいろなモノゴトに(たぶん異常なレベルで^^;)興味を注いで生きてきた私の人生ですが、まんざらスジが通ってなかったわけでもなくて、それらから得たものの複合技が今の自分の強みになっている気がします。
      「建築一筋」とか「園芸一筋」で生きてきた人とはまた違った、いろんなモノゴトに首をつっこんできた「ユル深」な視点を提供できる能力というか。
      そういう面では、LVメンズのクリエイティブディレクター、ヴァージル・アブローさんは、自分と人となりがとても似ている気がして、とても注目しています。ヴァージルになってからのLVは突き抜け方が痛快ですね。「混ざり合っているものほど強い」ハイブリッド感を地で行ってる感じです。あと、目が離せなさすぎるのがジョン・ガリアーノが就任してからのマルタン・マルジェラ。ガリアーノの鬼才っぷりにやられっぱなしです^^
      ディオールではディオールらしく、マルジェラではマルジェラらしいメゾン色をしっかり表現しつつ、強烈にガリアーノ感を打ち出してくる破壊力!ガリアーノのファッションも見れば見るほど記憶のハイパーリミックスなんですよね。話が脱線しまくりですいません ^^;
      山口周さんの本、今回の本がお初だったのですが、とても良かったです。哲学の本ですが、きちんと類書とは違うまとめ方をよく練られていて、かつ「ビジネス書」っぽくなり過ぎず、ダーウィンとかマルクスなど、射程も広く俯瞰して、哲学者が考えてきた「良き生き方」の多様性マップが示されています。文章力と構成力が素晴らしくて、一気にファンになっちゃいました ^^
      引き続き「世界のエリートはなぜ美意識を鍛えるのか」「読書を仕事につなげる技術」「知的戦闘力を高める独学の技法」もkindleに仕込んであります ^^
      ちなみに、「武器になる哲学」では、上記記事のヘーゲルの件のほかに、「悪の陳腐さについての考察」、レヴィンの「変革は、慣れ親しんだ過去を終わらせることで始まる」、レヴィ=ストロースのブリコラージュの項、ドゥルーズの分裂型(スキゾフレニア)な処世術などがかなりツボりました ^^ 長々とした返信で失礼しました ^^;

      1. 020さん、お返事をまたまた書いてしまいます。
        アブローさんがお好きなのは、乙庭さんの新社屋の雰囲気から、なんとなく分かる気がします。
        ガリアーノは、ディオールのデザイナーに就任した時から、強烈な印象でファンになりました。

        おお!
        山口周さんのファンになったのは、「世界のエリートはなぜ『美意識』を鍛えるか」を読んでからでした。
        私も引き続き、Kindleに仕込まみます。

        お返事のお気遣いなさらないでくださいませ。
        いつも楽しみに読ませていただいております。

        1. sissiさん、コメントありがとうございます。「世界のエリートはなぜ『美意識』を鍛えるか」も引き続き一気に読みました。山口周さん、どの著作もたいへん深く、そして分かりやすくて素晴らしいですね。ビジネスにも使えるけど、人生全般に敷衍して応用が効く智慧を感じます ^^ ブログもやっとこさ書く習慣を取り戻せてきました。意外と本腰入れて書いちゃうので、ネタ次第の気まま更新なのですが、お読みいただきありがとうございます♪

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