
2016年夏から先生について習っている、大人から始めた趣味のピアノの練習記録です。
とりあえず上手ではありませんが、習い始めるまでの独学期間も長かったので、大人からピアノを始めたいけど踏み出せない方や、大人の独習者の方に、ちょっとした勇気やヒントになればと思い、書かせていただいております。^^
現在、概ね通しで弾けるようになってきた(未だにテンポ安定せず、その上、悪くかなり間違えます。あしからず ^^;)ラフマニノフ 前奏曲 嬰ハ短調 作品3-2 「鐘」の練習過程を振り返っています。
前回は、ピアニストの笠原智廣先生の門下に入り、新レパートリーの開拓として、ラフマノフ 前奏曲「鐘」を選んだところまで書きました。
今回は、前奏曲「鐘」の楽譜選びについて、私はどのように決めていったか書きたいと思います。ショパンとか特にそうですが、新しい曲を練習し始めるにあたり、意外と「どの版を使って練習するか」って、とても気にかかるところなんですよね。
国内の出版社の解釈版は親切だったり価格もお手頃だったりするけど、校訂者による追記や解釈が書かれているので、「ナマの素材じゃなくて下ごしらえされたもの」という感じがするし、かといって運指などが一切書かれていない輸入の原典版だけを頼りに果たして弾けるようになるのか?という不安もあったりしますよね。
そもそも、版によって楽譜の内容自体に違いがある場合もあるので、後から修正練習しなくてもよいように、自身の練習環境に合って最も使いやすく信頼のおける版を選びたいところです。
私の場合は、せっかく手がけるので、原典版も含め、複数の版を比較参考しながら練習をしたいと思い、いくつかの版を購入し、先生とも相談して、実際の練習に使うメイン版を決めることにしました。今回は、私が手に入れた楽譜それぞれの特徴について書いてみたいと思います。これから学習される方がいくつも楽譜を買い直さなくてもよいように、楽譜選びの参考になれば幸いです。^^
↑本記事で登場する3つの版。上からヘンレ原典版、中:ブージー&ホークス日本語ライセンス原典版、下:全音版「幻想小曲集 作品3」(平野丈二郎 校訂・監修)
まず、笠原先生に習い始める前から、ラフマニノフの作品3「幻想小曲集」の第1番「エレジー」を弾きたいと思っていて、全音版の「幻想小曲集 作品3」の楽譜は既に持っていました。前奏曲「鐘」は作品3-2 なので、本書にも収録されています。
そして2019年に入り、前奏曲「鐘」を練習始めるにあたり新たに購入したのは、ヘンレ原典版の1曲ピースと、ラフマニノフ全作品を含む20世紀の多くの作品の版権を持つイギリスのブージー & ホークス社版の日本語ライセンス版 前奏曲全集の2つ。全集の方は、今後、別の前奏曲を手がけるにしても使えるなと思っての先行投資でもあります。^^
かくして、「全音版 幻想小曲集」「ヘンレ原典版ピース」「ブージー&ホークス原典版前奏曲集 日本語ライセンス版」3つの版を揃えました。以下でそれぞれの版を比較してみますね。
ここでひと息、今日の音楽を ^^ 今回は、アレクシス・ワイセンベルグ盤のラフマニノフ:前奏曲全集(期間生産限定盤)です。
前奏曲「鐘」を練習するにあたり、いろいろな演奏家によるラフマニノフの前奏曲を聴き比べていますが、私が抱いている前奏曲「鐘」のイデアに一番近いのがこの盤です。この曲が持っている重い空気感が映像的にも心象的にも最良の形で表現されているように思います。特に後半、崩れ落ちるように激しくたたみかける三連譜降下の後にくる、45小節からラストへの4段譜 pesante(重々しく)の凄まじさ。まさに重々しいテンポでずっしりと迫ってくるようで雰囲気満点です。
単なる名演奏というよりは「人生の苦悩や劇性」までもが伝わってくるような、いろんな意味でとてもラフマニノフらしい世界観が堪能できる名盤ですね。オリジナルジャケ写CDは限定盤とのことなので、CDでお求めの場合はお早めに(ちなみに私はジャケがややダサめなApple Music盤 で聴いております)。
前奏曲「鐘」楽譜選びの話に戻ります。
↑前出の写真、もう一度よく比較してみましょう。
写真上:ヘンレ原典版では和音をどの指で押さえたらよいか運指記号が記載されていますね。
写真下:全音版「幻想小曲集 作品3」では、速度記号Lentoの後に♪=60というメトロノーム表記やペダル記号など、校訂者による提案が記載されています。
写真中:ブージー&ホークス日本語ライセンス原典版では、他の2版とは対照的に運指もペダルも記載されていません。日本語タイトルを除けば、ラフマニノフが書いた楽譜に忠実に沿った内容のみが記載されている最もナマ素材に近い楽譜です。
では、以下、ひとつづつより詳しく見ていきましょう。
全音版「幻想小曲集 作品3」は、ジュリアード音楽芸術博士・東京藝術大学名誉教授でもある平井丈二郎先生による校訂・解説版です。
冒頭13ページに渡り、序文、ラフマニノフの作品演奏・ラフマニノフの生涯とその作品について、そして、この曲集作品3 全5曲の曲目解説と演奏の手引きが日本語・英語で記載されており、資料としても内容がとても充実しています。
また、第3番「メロディー」と第5番「セレナーデ」については、オリジナルバージョンとラフマニノフ自身による1940年改訂版の両方が掲載されています。リバイズバージョンも含めて7曲収録です。価格がお手頃なのもうれしいですね(上写真参照)。
譜面自体は原典版とその再版を底本にしているとのことで、編集の譜割りから見るに後述のブージー & ホークス社版に依るものかと思われます。運指記号は要所だけを指摘する感じでごく少ないです。
全音版で特徴的なのは、独習だと自己流になってしまいがちなペダルや速度について、メトロノーム指示など編者による詳細な記載が加えられていて、練習・演奏のガイドラインとして非常に参考になります。独学の方や、ヒントも得つつ学習したいのであれば、この全音版一冊で練習するのも、経済的ですしよいかと思います。小節番号が書かれているのもレッスンの際、便利です(上写真左下参照)。
ただ、冒頭解説文を読まないでその曲のページだけをコピーして使用すると、学習的な価値が半減してしまいもったいないです。また冒頭の編纂方針を読まないと、どこまでがラフマニノフが書いたオリジナルなのかも判別しにくいです。
次に、私が実際のレッスンでメインで使ったヘンレ原典版ピースです。
譜面内容的には原典版でもあると同時に、現代を代表するヴィルトゥオーソピアニスト マルク= アンドレ・アムランさんによる運指記載があるのがとても興味深いです。
掴みにくい和音やつなぎにくいレガートが多く含まれる曲なので、運指記載はとても参考になります。「鐘」1曲だけを弾くのであれば、価格的にも内容的にも親切な編集で、このヘンレ版が個人的には一番、理に敵っているかなと思います。小節番号も記載されていてレッスンにも便利です。
原典版のヘンレとブージー&ホークスには、ラフマニノフが楽譜には書かなかったペダル記号は記載されていません。この曲が持つ「鐘が鳴りひびき、ロシア正教聖歌がどこかから聞こえてくるロシアの街」のサウンドスケープ的世界観を表現するために、演奏効果上、ペダルの踏み方もとても重要になってきますが、ラフマニノフ自身が楽譜にそれを記載していないため、原典版だとペダルの踏み方について演奏者による解釈・探求が必要となってきます。独学者の方には運指記載が親切なヘンレか、ペダルとテンポ記載がある全音版が、練習へのヒントを含んだ版と言えますね。
続いてブージー & ホークス社版の日本語ライセンス版 前奏曲全集は、版権者だけに、オリジナルという信頼性の高さが魅力。巻頭に日本語訳での解説がついているので勉強になります。
英語版もありますが、洋書版の方が高いし解説も英語のみなので、個人的には日本語ライセンス版の方が実用的と思いました。
古びたにじみ味わいのある印刷も雰囲気があり、譜面の見た目的にも個人的に好みです。本書は、ラフマニノフの前奏曲作品23(10曲)、作品32(11曲)と作品3-2「鐘」という24曲を網羅した全集なので、今後、ラフマニノフの他の前奏曲の練習に使えていいですね。
ただし、運指やペダル記号はほぼ書かれていません。そういう意味では、自分で弾き方を探求していける上級者の方か、先生から運指やペダルの教示をいただける学習者向けの楽譜と思います。また、「鐘」1曲を練習するのだとしたら割高でしょう。継続してラフマニノフの楽曲を手がけていきたい方向けの専門的な一冊といえるでしょう。
というわけで、3つの版を揃えましたが、パッと見でもレイアウトが大きく異なるのがヘンレ版で、ページ数だけ見ても、他の2版が4ページで収めているのに対し、ヘンレ版だけ5ページ構成なんですね。
↑はヘンレ版の4ページめ。45小節目のTempo promo(最初の速さで)からラストにかけて、17小節は、低音部の「鐘」のモチーフと高音部の「コラール的な」モチーフに分けて、左右の手ともに2段ずつの楽譜になっており、2本の手で弾くのに楽譜は4段という構成なんですね。ヘンレ版は、上写真のように最後17小節の4段部分をゆったりと2ページに配した編集になっています。
↑はブージー&ホークス版の3ページめ。中盤のagitato (感情をもって激しく)、なだれ落ちるような三連譜から続いて、同じトーンのレイアウトで終盤の4段譜 Tempo primo. に突入していますね。
以上、特徴の異なる3つの版をレッスンに持っていき、笠原先生とどの版で練習しようか相談しました。先生ご自身は使ったことがないけど、ヘンレ版の編集が楽曲の空気感・世界観が楽譜に現れていて一番面白いかも、とのご意見をいただきました。
そのとき先生が仰っていたことがとても印象的で、概ね以下のような内容でした。
「ラストのこの部分は重々しく、とても重厚に弾きたい部分なんだけど、人によっては、勢いよく弾いて演奏の見せ場にしてしまうんですね。その点、この楽譜(ヘンレ)は、音符と音符の間がゆったりと広く書かれている。同じ楽譜でも音符の間を詰めて書かれた楽譜と、広く書かれた楽譜を弾き比べて、演奏時間を計測した実験結果があって、同じ曲でも間を詰めて書かれた楽譜の方が早く演奏される傾向が強いんですね。だから、前奏曲「鐘」のラストの部分で描き出したい情景を加味して考えると、ヘンレ版はこの音楽が見えるような編集・レイアウトになっていると思う」。
私的にはとても納得のいくご意見で「目からウロコ」とはまさにこのこと。というわけで、私はヘンレ版ピースをメインに使用して練習することにしました。 ^^
「音楽は何よりも愛されるものでなくてはならない。
心から表現され、心へ向かってなければならない。」
(セルゲイ・ラフマニノフ 作曲家 1873 – 1943 )
今日の一冊
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